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ARCHITECT 9月号 編集後記 / 自由リズム / ロマン主義の大自然 / ローカリティの輝きとグローバルな時代 / 岐阜のNPO施策 / 生き残る建築家とは / 情報システムは作るより使え / 子守唄は日本人の心 / 花子音頭との出会い
ARCHITECT 9月号 編集後記

斉藤道三の岐阜城、金華山麓の長良川沿いに旧町屋が建ち並ぶ。その中に私の事務所はある。明治時代の国立十六銀行の発祥の地で、庭には、トノサマトンボが毎年訪れ、緑の木々の間を優雅に飛びまわっている。夜は、みみずくがケヤキの大木に来て、ホーホーと闇夜に目を光らせている。豊かな自然と町屋に囲まれ、建築とむきあう日々を送っている。

昨日、鈴木博之先生より 新刊「建築の遺伝子」(王国社)をいただいた。建築のイデアがどのように継承されどのように進展するのか。近代化へのプロセスが生み出した近代化論としてまとめられた一冊である。 「近代化とは、西洋文化であると思われがちであるが、実は伝統文化の再確認を促し、その新しい表現の模索を生み出してきたものだ。しかしながら、近代の和風と合理主義とを一体となった視点で見つめる作業はまだまだ開拓の余地があるのではないか」と鈴木先生は述べている。

大江 宏 氏の考え方『日本固有の空間手法論』の事を言っているのかも知れない。

私は建築や地域を一歩未来へと進めるには、論点が開放の体系になっているか、また解体と構築を同時進行すべきでないかと考える。今の建築界にはそれを思惟できる人材が必要となってくるであろう。
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自由リズム

日本の伝統音楽 「常磐津と清元」 の三味線の違いを聞き分けたことがある。

ピアノのような音階ではなく、自由リズムの中での音の違いである。日本人なら誰にでも聞きわけられる感性の音色である。キリスト教カトリックのグレゴリオ聖歌と比較しながら聞くとおもしろい。南方熊楠が、生涯をかけて追い求めていたミナカテラ。動物とも植物とも区別のつかない粘菌が、リズムを聞きわけて動きまわり集合し植物の形態をとる。ケネス・クラークは、しみと図形の論説の中で近代美術はしみとともに途方もないかなたに行ってしまったという。

ロマン主義は昼と夜、天と地、男と女のリズム交互性のなかに生成と消滅へと対極化する万象の姿を明らかに見出そうとした。ヴェストファールは、その原理が求められるべき時間の分節化にリズムの本質を認めている。
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ロマン主義の大自然

日常生活を営んでいる住まいや地域環境を整備するとき、単に物としての自然ではなく “人間も生きもの” だといいうことを自覚しながら、自然を生かし共生を考えた住まいづくりをしたいものである。複雑さを複雑さのまま生成させ、その多様性を含む地域をそのまま共存させる論理的な仕組みがあってよい。建築は建てられる場所を性格づけ、また同時に場所が建築のあり方を規定する。建築家はそれらの関係性を確かに読みとり、文化の風景として表出しなくてはならない。

近代自然科学は、自然をメカニズムとしてとらえる。法則を見出し、人間が自然を支配し征服するんだと非常に科学的な立場を取る。一方ロマン主義の自然観というのは自然を生けるものとしてとらえる。風情的な自然観とか有機的自然観ということになる。自然の風景を受けとめる場合でもちょうど詩人達がするように、それを人間との共鳴関係にあるものとして、歌ったり書いたり考えたりする。

生き生きとした感情に訴える自然。われわれが見ているこの風景に対して、統一性を求めない。複雑なままに世界を映し出す。これは現に在るその風景を映し出しているというよりも、むしろ読み取っている側の内面の建築家のプロセスの問題でもある。
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ローカリティの輝きとグローバルな時代

ビッグバン、グローバルスタンダード、情報化へと日本国内においても、先進国並へとの変革のきざしが、建築家のスタンスにもさまざまな動きが出はじめている。転形期である世界や日本の社会環境、経済情勢の変化を動的に把握し、浮上してきた新しい視点を私たちも真剣に受けとめて社会の新しい体系に対応すべく建築家像の変化を余儀なくされそうである。秘伝、針穴写真機で世紀をのぞくと社会の進化が早く通りすぎて行ってしまう部分とあまり動かなく堅実にタイムスパンを像として建築の全体像を結実させる部分がある。技術や情報の目覚しい進歩に対して、自然観や共生、人間の生命のリズムやテンポ、生活の本質等、中世の時代によく似ていて、成就の時代、深潭なる建築の本質となって新しい価値を建築家に投げかけてくるのではないか。

これからの時代、建築家にとってもっとも重要なのは都市戦略だと考える。もちろん受け身ではなく環境問題を含めた都市戦略を立て、社会にその必要性を説得していかなければならない。地方においても、建築家は地域にとけこんで住民主体のまちづくりに積極的に参加している。空間性向の読みとり、そこに住んでいる建築家が、適確に歴史と生活感の把握をなし、町づくりを考える時、建築家と職能の関係が新しく生まれてきそうだ。単体建築物から群像形へと、建築家の環境への責任も重くなってくる。
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岐阜のNPO施策

岐阜県内のNPOはいまだほとんどが発展途上にある。このためNPOの成長・発展を目的として、NPOが活動しやすい環境づくりと、そのための仕組みづくりを県は進めだした。

これまで、行政は時代とともに、住民の要請に応じてサービスを多様化し、拡大してきたが、こうしたサービスの効用が逓減し、非効率、高コストなどといった弊害や問題が表面化してきた。行財政改革、規制緩和、地方分権、市民参加といった観点からの議論が高まり、行政は住民がボランティアでできる領域や、市場のメカニズムで対応できる領域に介入すべきではなく、むしろ行政の縮小を考えるべきだという考え方に変わってきた。

これは、行政、企業、市民それぞれが本来の機能を果たしつつ、有機的に連携して、相互にパートナーとして協働し、社会サービスの提供者としての役割を分担するという新たな社会構造をつくりあげていこうとするものである。社会の成熟化・複雑化や価値観の多様化に伴って、福祉、環境、防災など地域を中心に問題解決型のサービス需要が拡大してきている。

行政、企業、市民が最適な形で役割を分担していくことは重要であり、NPOには、市民一人ひとりの自覚・自発的思いを束ね、行政、企業と対等な関係を持った社会サービスを提供する主体として組織化していく役割が期待される。
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生き残る建築家とは

新世紀の建築家像は建築家の生き残りをかけて多くの問題提示がなされた。

ビックバン、グローバルスタンダード、情報化へと日本国内においても、先進国並へと変革のきざしが、建築家のスタンスにも、様々な動きが出はじめている。

転形期である世界や日本の社会環境、経済情勢の変化を動的に把握し、浮上してきた新しい視点を私達も真剣に受け止めて社会の新しい体系に対応すべく建築家像の変化を余儀なくされそうである。

馬場氏の言葉をかりると、「私が現在、いちばん建築家に求めたいのは、社会的ニーズの創出である。その姿勢が欠落する建築家、建築設計事務所は生き残っていくことは出来ない。そしてこれからの時代、建築家にとって最も重要なのは都市戦略だと考える。もちろん受け身ではなく、環境問題を含めた都市戦略を立て、社会にその必要性を説得していかなければならない。」と言う。

(1)建築家の都市戦略、(2)CM、PM、FM、各種コンサルタントに建築家はどう対応するか、(3)設計者選定の行方、(4)設計においてのCADと手書き・エスキース、(5)メンテナンスの重要性と建築家の姿勢、(6)インターネット時代の建築情報のあり方、(7)都市の文脈と個の建築のデザインの関係、(8)建築界のモラルハザードを如何に正すか、(9)省エネ・エコロジー・サステイナビリティへの取り組み、(10)都市の時代と建築家、(11)建築家の住宅設計はNPOで、(12)建築家よ、新分野を目指せ 馬場氏いわく、経済情勢にしても社会状況にしても、すべて実勢は波打つカーブが働けば接線は当然違ってくる。ある時点だけの接線、つまり理論的分析に基づく判断は、その有効期限は短いと考えなければならない。現代はバックミラーを見ながら超スピードで前へ進んでいるのに似ている。

別の言い方をすると、秘伝、針穴写真機で世紀をのぞくと社会の進化が早く通り過ぎて行ってしまう部分とあまり動かなく堅実にタイムスパンを建築の全体像として結実させる部分がある。技術や情報の目ざましい進歩に対して、自然観や共生、人間の生命のリズムやテンポ、生活の本質等、中世の時代によく似ていて、成就の時代、深澤なる建築の本質となって新しい価値概念を建築家に投げかけてくるのではないか。

□ 住宅の設計は、ボランティアで、NPO的に[グループ活動]行う方向に向かうのではないか。もっと大規模のものを建築家は担当すべきだ。

□ 建設省が進めている、建築CALS/ECの推進の方向性について。現行のプロポーザル方式の不適性の指摘。ISO連動として、会計方上の問題が解決すれば公共調達のしくみが変わってくる。建築家のホームページの有効利用、CAD図面の標準化等、まだまだ私達の対応が遅い。NASAの火星探査の話だが、開発者がインチで設計し、運行計画者がメートルで入力したため、到着地点が250kmもズレたとか。まじめな現実である・・・。

□ アメリカにおいては、建築家は企画設計施工を分業として考えて、コンサルタント(それぞれのスペシャリスト)と共同する事を要求してくる。構造家、設備家、照明デザイナーとチームを組み、企画、計画へと一連の提案を要求してくる。確かに、コンサルタントは補助金をもらったり申請書類を作るのはうまいが、建築家の職能の拡大として考えるとき、大手ゼネコンの施工設計へ行き着いてしまうのではいたしかたない。例えば、博物館の中のレイアウト等、分業するのではなく、自分たちの職能に取りくんで行く、又PM、CM的考えも建築家が行って当然だ。

□ 地方においても、建築家は住民主体のまちづくりに積極的に参加している。討論においても、京都の保存と再生の問題、奈良の今井町、活用保全か完全か再開発か。馬場氏いわく、保存は住民のコンセンサスが高まれば残せば良く、無理に残すこともない。高まったら建築家は手伝えば良い。方法としては50年くらいで読みかえをする。連歌ととらえてそのルールをつくる。常に動的・感覚的に法律的に判断する。又、香川、岐阜ではコンサルタント会社と連帯したまちづくりが進んでいる。

空間性向の読み取り、そこに住んでいる建築家が連歌的に把握をなし、町づくりを考える時、建築家と職能の関係が新しく生れてきそうだ。単体建築物から群造形へと、建築家の環境への責任も重くなってくる。ひいては、共生場等価値独立進化論ともいうべき建築家の新世紀を求めて夢を見ようではないか。
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情報システムは作るより使え

日本の流通システムは米国に比べ遅れているといわれるが、コンビニエンスストアに目を向けると、町のいたる所にあって最先端の情報システムで結ばれている。それらを使いこなして経営効率化を進めつつ、きめ細かいサービスと工夫に社員の知恵を結集させる。そうすれば、デフレ経済下でも売り上げや利益を伸ばせる道が見えてくる。

さて、我々設計の業界に目を向けてみると、建設CALS/EC時代を生き抜くための経営戦略として、徹底的な情報の電子化を行うこと。組織や事業区分の枠を越えた情報の交換・共有・連携ができる環境を早急に構築することであろう。CALS/EC導入により品質向上、コスト削減、光速化・効率化が期待できるのはもちろん、最終的には我が国の建築産業の競争力をアップする。

又、岐阜県知事はCALS/ECを次のように解説する。「近年、情報技術の革新により、コンピューターネットワークを活用した企業と消費者間の商取引や企業同士の連携及び協力を行う、いわゆる電子商取引が可能となってきます。一方、我が国の公共事業を取り巻く情勢も大きく変化してきており、また、行政改革の一環として公共事業の建設コストの縮減への取り組みも喫緊の課題となっています。こうした情勢の中、公共事業における情報化の推進は、コスト縮減と品質の確保・向上を図るためのもっとも有力な手段となることから、事業の設計、工事などの各段階で発生する各種情報を電子化することにより、事業関係者間での効率的な情報の交換・共有・連携を可能にする『建築CALS/EC』を、早急に導入する必要があります。」 そこで、我々単位事務所が行うべき情報化のための5つのポイントを上げてみた。

  1. 経営トップのリーダーシップ(社長の理解があるのか)
  2. 組織的な取り組みと情報化キーマン
  3. 徹底した業務の電子化
  4. コミュニケーション&コラボレーション
  5. 建設業界の情報化=現場の情報化
2003年までに、どの程度の所まで企業改革ができることやら。まさに世紀末である。
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子守唄は日本人の心

先日、機会があって、原荘介さんと一時を過ごすことができた。

シンガーソングライターの中で時代の流行に乗ることを、かたくなに拒絶し、気骨とでもいうべきか、一筋の道を歩き続けている人である。歌手であるというよりは、旅する人とでも呼ぶのがふさわしい人だ。「歌がもし、大地に咲く花ならば、その花を咲いている姿のままで見つめていたいと、そのことを知っている人だと思います」(T.K)。

世界中を歩き回り、国境も民族も宗教も気にせず、ただただ人間みな同じという信念一筋で、子どもたちの手をつなぎあわせるための歌旅路を続けている。そして、この人生態度こそが日本での子守唄普及活動を支えているように思われる。「子守唄は、日本人の心の忘れ物だと思うんです」(K.N)。原荘介さんにとっては、旅の忘れ物を取り戻しにいくという感じなのであろう。子守唄も建築も、人間の生き方、地域性の表現など、内面の深い所で通じるものがある。

建築家の硬い言葉で言うと、建築は、歴史の中に人間の生活文化や生命のリズムを表出するもの。建てる場所の自然や風土、環境を十分に理解して取り組み、自然と経験に基づいた技術を用いて、総合的に構築するものである。

昔懐かしい唱歌や童謡を解伴奏で歌い広めている唄つむぎ和音さんと土岐市のつるさと保育園と、ラベンダー畑など自然を最大限に満喫できるみくに茶屋に訪れたときである。店主の河合さん一家にも触れて、「自然は先生。人間を人間らしく、正直にしてくれる。だからうちは自然のもの季節もの、手作りにこだわってるんです」(S.K)とも。季節を大事にすることがみくに茶屋のモットーで、そんな自然と共生しながら茶屋を経営する。

原荘介さんと河合さんの生き方を垣間見て、私の若い頃を思い出した。高山建築学校の修練時代のことである。

夏になると高山建築学校に参加するのが定例になっていた。毎夏1カ月間学生たちが合宿し、教師と生活を共にしながら建築の修練をする学校である。私も、そこで育った。“つくる以外に建築はない”という、そこでの実感の積み重ね、生きた自然と労働、人間の全体性に結びつけ直す総合への試みは、私に建築と建築に対する生き方を感じさせてくれた。学校が始まった頃は旅続きだった。廃校を借り受け、何回も場所を変えた。私たちはそこで、自分たちで絵を画き、それをつくる。いつかはこの学校を工房として機能させようと、夢は大きいのだけれど、すべてを手仕事で行うここでの作業は、ゆっくりとしか進まない。そんな学校でのことである。

同期生である大江明さんと大多康之さん。二人はいつも夕食後になると、ピアノとベースで、教室の片隅でみごとにJAZZるのである。現実の物の世界を通り抜け、夜の大自然へと澄みわたる音の世界へと学生たちをいざなうのである。学生たちにとっては、現世も施主も全て忘れさせてしまう禁断の音感の世界なのだ。若い頃、たしかにこんな一時があった。

人々は、ニーチェ(真の哲学ともいうべき有機的自然感の流れの世界を説く)ではないけれど、ひたすら川の流れのような生き方しかできないとすれば、その最後歌われる歌が子守唄ではないだろうか。自分の体内で流れている唄、いろんな懐かしい唄の子守唄がくちずさまれるのではないか。原荘介さんも唄つむぎ和音さんもそんな生き方をしている信念の人たちである。

有史以来唄い継がれてきた子守唄は、その土地の風土や伝統風習を伝えるばかF)か、人々の暮らしや生活の中から生まれた「心の唄」であり「労働唄」でもある。

人と人の豊かな関係の根源にある「子守唄」。建築家は、今こそ泥臭い現世の世界にもう一度立ち戻って大自然の一部である人間や自然のために、大衆のために立ち向かわなければならない。そして、子守唄とは何か、子守唄をどうやって日本人の心の中に蘇らせるのかを考えてみたいものである。
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花子音頭との出会い―花子さんからお花はんまで―

うすずみの里、根尾谷の桜と長良川畔の金華山を「ことだま」で橋をかけることを夢見ている唄姫。樽見鉄道で珠玉の時空を舞う、サクヤコノハナ天女のようである。

その唄声は、現世を通り抜けた透明な、観念の世界のもの。まさに神仏の世界(宇宙)の天性の唄声の持ち主である。現在まで伊奈波神社、金神社、橿森神社、やがて行われる護国神社へと「和の心・叙情歌のひととき」の普及活動を展開。自然と人間が一体になれる空間を、日本人の原風景の場とかぎわけて唄会を催しておられるが、もっと巷で巾広くはばたき、万民に心の安らぎを与える活動をも、ぜひしていただきたい。

哲学御三家の一人木田元先生曰く「希有な唄声の持ち主」と、その言霊を絶賛された。
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